池亀(いけがめ)について

能登田鶴浜の和食文化といえば、池亀(いけがめ)

 
”食を通じた喜びを人々に届けたい。”

初代池田八百蔵氏が料亭を、2代目和生氏は映画事業と民宿を、現3代目の哲三氏は関西で修行を重ね、和食料理店を。
時代に合わせ、人々に喜びをお届けすることを心がけてきました。
伝統を残し、伝統を活かしながら、新しいことに挑戦し続けます。

「まごころこめて、おもてなし」
「おかげさまで」
「誠実であれ、嘘をつくな」

1935年(昭和10年)創業の和食料理店 池亀。
地域の皆様・文化・資源などの恵みに支えられ、88年が経ちました。
これまでも、これからも食を通じた喜びを届けることができるよう、まごころこめて、おもてなしを心がけます。
あらゆるものへの感謝の気持ち(おかげさまで)を持ち、今ある恵みに感謝し、誠実さをもって精進し続けます。


 

池亀の歴史

1935年 


初代・池田八百蔵氏が池亀という屋号で料亭を始める。


1947年頃

 

  

金沢市の料理店(金茶楼)で修行した2代目和生氏が池亀を継ぐ。
映画事業を始めるも、TVの普及により7年程で撤退。
また料亭から民宿、宴会へと転換を図る。 

 

1982年


 

 

片山津(ながやま)や大阪(芝苑・みなみ)、大阪(丸三楼・みなみ)で修業を重ねた現3代目哲三氏が池亀を継ぐ。
「料理を本筋としたい」三代目の意向により宿泊業からは撤退。
その後、建物を改修し、現在の和食料理店としての営業に至る。

 

2023年





大学卒業後は東京で石油会社に従事した現3代目店主の次男・耕司氏が家業(屋号)継承に挑戦中。
新たに食品分野への挑戦を始める。
人口減少に歯止めがかからない能登田鶴浜生まれの池亀から、”絶対味噌だし”を軸とする商品開発・販売に取り組む。
全国、世界に向けた販売を目指している。

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3代目店主・哲三氏。
加賀片山津の名門「ホテルながやま」、
将棋名局の舞台、大阪料亭「芝苑」、
大阪の割烹料理「丸三楼」で修業の後、池亀店主となる。